第7話「久しぶりのチャット」
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from 梨胡
to 朱鷺
本文
ごめん。転校疲れがでたらしくて、
熱が出てしまったので、学校休みます。
先生に伝えといてくれる?
ほんとごめんね;
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このメールを見て、私は絶望した。
梨胡がいるから、私は学校へ行く勇気が出たっていうのに。
しばらくは携帯を持ったまま、ベットに寝転んで考えた。
自分も休む理由を。
例え今日休めたとしても、熱が1日で治るとは思えない。
いやでも、梨胡なら微熱でも来ると思う。
うーんうーんと考えた結果、
私は今日一日だけ休むことにした。
我ながら勇気が無いなぁと思う。
お母さんには適当な嘘をついて、私はまた自室へ戻った。
すぐにお母さんが仕事へ行く音がして、
家全体がしーんとする。
でも外からの雑音がすぐ聞こえてきて、びくっと肩を振るわせた。
そーっと窓から覗いてみると、そこには
登校中の時雨と、その友達が複数歩いていた。
ときどきする高い笑い声が、自分を嘲笑っているように聞こえて、思わず耳をふさいだ。
しばらく耳をふさいでいると、もう9時になっていて、
登校する学生は遅刻をしてあわてて走る人くらいのものになった。
改めてしーんとした部屋を見渡すと、
一番さきに目についたのはパソコン。
椿は時雨だと聞かされた日から、触っていなかった。
電源はついていないパソコンのマウスに手を置いてみると、
少し懐かしい感じがした。
ゆっくりと電源を押すと、前と同じように画面が明るくなる。
時雨に騙されてからというもの、また同じようにはなりたくないと、
私はずっとパソコンを触ることを拒否していた。
だけど今は時雨も学校に行っている。今だけは、誰にも傷つけられない。
そう思うと、嬉しくなった。
この前まで行っていたチャットはやめて、違うチャットに入室した。
美奈、という名前で。
★ 美奈が入室したよぉ ★
奈胡 : こんー!(12/29-9:26:12)
(元気そうな人・・・)
私はくすっと笑って、久しぶりにキーボードを打った。
美奈 : こん^^(12/29-9:26:23)
奈胡 : 久しぶりだねっ。美奈と話ができるなんて、何ヶ月ぶりだろ~(12/29-9:26:46)
(あれ・・・?)
私は椿と以外、チャットでは話したこと無かった。
(・・・人違いしてるんだ。)
そんな思いもお構いなしに、奈胡ははなしつづける。
奈胡 : たしか4ヶ月くらい前だったかな。 その間は寂しかったよ~~>< (12/29-9:27:02)
どう返していいか分からなくて、
私はただ、目の前の画面をじっと見つめていた。
奈枯 : ・・・あれ、美奈?どうかしたの? (12/29-9:28:13)
返す言葉が無い私を心配する、奈枯という人物。
どう返していいものか、私は迷った。
少し腕組をして考えると、私は再びキーボードを叩いた。
美奈 : うん、久しぶりだね^^ (12/29-9:29:01)
奈枯 : 本当。 美奈が来なかった間いろいろあったんだよー (12/29-9:29:32)
騙しているという罪悪感。
言葉を打てばすぐに返ってくる文章。
その会話自体、私が作ってしまったものということは、私だけが知っている。
文字ばかりの画面をぼーっと見つめていると、ふと時雨の顔が頭をよぎった。
(時雨も・・・こんな気持ちだったのかな)
ずっと、長い間私を騙していた時雨。
あのとき時雨が椿のことを口にしなければ、きっと私は今でも騙されつづけ、
偽りの優しさを椿に貰っていた・・・いや、求めていたかもしれない。
(嘘の優しさを貰ったって・・・何も得られないのに・・・。)
そう思ったら、椿の正体をあのとき知っていてよかったかもしれない、と思った。
奈枯 : あれからね、私はまだいじめられてるけど・・・。でも、前より堂々とできるようになったんだよ (12/29-9:30:15)
再び画面に入力される文字。
奈枯 : ・・・勇気をくれたのは美奈だった。 だから、本当に感謝してる・・・。 (12/29-9:30:54)
この文を見て、私は決心をしたように、
キーボードを勢い良く叩いた。
美奈 : ごめんなさい (12/29-9:31:15)
奈枯 : え? (12/29-9:31:23)
美奈 : 私、本当は貴女の知ってる美奈じゃない・・・。 (12/29-9:31:46)
それからしばらく続く沈黙。
(・・・怒った、のかな)
そんなことを思って、内心びくびくしていた。
奈胡 : ・・・分かってた (12/29-9:33:02)
予想もしなかった言葉。
” 分かってた ” ・・・?
奈胡 : だって、美奈は死んだんだもん (12/29-9:33:34)
美奈 : ・・・え? (12/29-9:33:42)
奈胡 : ・・・ごめんね。 分かってて話につき合わせたりして (12/29-9:34:04)
☆ 奈胡さんが退室しましたぁ ☆
そんなことない。 そう打とうとする前に、奈胡は退室してしまった。
短時間話しただけ。
それだけ。
それだけなのに。
私は奈胡という存在を、忘れることはできなかった。